初心に帰る。なんでこんな当たり前を見失っていたのかな?

 最近はmixiの更新ばかりが無駄に増えてしまって、ブログがやや疎かになっていました。
そこで、僕にとってブログとはなんだったのか?
と、自問自答してみたんですね、この連休中。


 ブログを始めたキッカケ、
それはただ単に、「何かを残しておきたい」という気持ちの発露に他なりません。


 それなら別に日記でも自分で付けてろよで終わってしまうわけですけど。
このような不特定多数(このブログに限って言えば小数だけどなっ!)に晒す土壌を選んだのは、
分かりやすさなんだと思います。


 こう、自分ではない他の誰かに見られることが前提で、
そんな中でも自分はこれが好きだ、とか、嫌いだとか。
そういうしっかりした意思を示すことで、本当に自分がどう思ってるか明確化される気がして。


 上手く言えてないですけど、そんな感じです。
本当に好きだとか思わなければ、他人に胸張って好きだって言えないじゃないですか。

 褒め称えるにしても批判するにしても、そこには責任が生じます。
その責任を負ってでも自分の言いたいことを言う、やりたいことをやる。
そういったものを、当時の僕は追い求めていた気がします。

 ネットワークに逃げ込んだんじゃない。
ネットワークに意味を希求していたんだ。
そんな心持ちですかね、分かり辛いでしょうけど。



  けど、最近はその心を見失っていた気がします。
ただの日常、消化するだけ、みたいな。
だからこんな薄っぺらいブログになってしまったのだと、猛省。


 始めた当初の文章はそれはそれは酷いものです。
目も当てられないほど文になってない文で、駄文です。

 ですが、今の何百倍も、一字一句に「想い」をぶつけていた覚えがあります。
刻みつけるように。強く。深く。
必死に。必死に。


 それに比べて今の僕は、もっと酷い。
文章は多少なり当時よりは上達してるだろうけど、逆に言えばそれだけです。
それはぶっちゃけ退化とすら言っていい。少なくとも僕にとっては。


 だから、当時の僕には頭を下げることしか出来ないわけですけど、
今からでも、少しづつあの時くらい感情の昂ぶりをカタチにしていきたいな、と思っております。

 悲しいですけど、やっぱひたすらに突っ走っていたあの頃には戻れないんですよね。
そして、あの頃をただ単純に模倣するならもっとバカ。

 その時の自分は確かにそこに居たのだから。
その経験を生かしてこそ、過去に意味が見出せるし、今に艶と張りが生まれるわけです。


 だから、ここで後悔して足を止めるのはナンセンス。
踏み出した以上、最後の最期まで駆け抜けないと。



 そんなことを、今更になって思いました。
頑張ってみます。頑張りたいと思います。

 そんなこんなでこのブログをこれからもどうぞよろしく。
装いも新たに的なことは全くないわけですけど、それでも心の中だけはちょっと整理つけてきたんで。
これからの更新にご期待下さい。

 ……あんま期待されても困りますけどねー。
高が知れてるし、底も知れてる。

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